メラジョが行く

フィリピンに仕事を作って子どもたちの力になりたい

中武 倫子さん

 「西米良に戻って来たときは、今みたいにがっつり土木の仕事をすることになるなんて思ってもみませんでしたよ」そう言って笑う倫子さん。当初は、家業を継ぐことになった弟さんを手伝うために半年間の約束で帰ってきたのだそうです。それが、ひょうんなことがきっかけで、すっかり土木の道にはまってしまったといいます。

 「現場に出たときに作業員さんとやり合ってしまいまして…。その時にまったく知識がなくて言い返せなかったのがすごく悔しかったんです。それから現場監督さんにいろいろと教わるようになって、土木の面白さにはまっていきました。建設機械がまたかっこいいんですよね〜(笑)」

 実家が建設会社だったとはいえ、まったく知識がなくて、図面も読めない状態からのスタートだったという倫子さん。現在は、資格を取得して「現場を安全に管理できる人」になるために修行中です。
 その先には、学生時代に訪れたフィリピンで仕事を作って雇用を生み、そこで暮らす子どもたちの力になるという大きな夢が。その夢に向かって日々邁進中です。

大阪の児童養護施設で2年間働いた後、2014年4月から実家である建設会社に勤務。土木施工管理技士の資格取得を目指して勉強中。

大好きな場所で好きな仕事ができてとても幸せです

黒木 富美さん

 富美さんが保育士として働く「ふたば園」には、現在、約50名の園児が通っています。
 「西米良には他に保育施設がないので、村の子どもたちのほとんどがここに通い、同じ学年の子どもたちは、中学校を卒業するまでずっとクラスメイト。いわば生涯の友との出会いの場でもあるんですよ」と富美さん。

 昨年3月に出産した理子ちゃんも、この4月からふたば園に通うことになり、富美さんも1年間の育休期間を終え、保育士として復帰します。
 「理子が生まれてから育児サークルに通うようになり、お母さん同士のつながりが増えました。最近、村には若いお母さんが増えています。理子にも10人近い同級生がいるんですよ」
 富美さんが、ふたば園で送り出した最初の子どもたちはもう中学生。中には、「将来は富美先生みたいな保育士になりたい」という子もいるのだそうです。  「そういうの聞くとやはり嬉しいですね。将来、村に戻ってきた卒園生たちが会いに来てくれる。そんな先生になれるよう、これからも頑張っていきたいと思います」

宮崎市内の保育所に勤務後、2004年に西米良に帰村し、村で唯一の保育園で保育士として働く。2015年3月には初子となる理子ちゃんを出産。35歳。

お客さんの「おいしい」の一言そのためにがんばってます

佐藤 喜代子さん

 西米良村の東部、小川地区にある「おがわ作小屋村」。地元のおばちゃんたちが真心を込めて作る料理を味わえる茅葺き屋根の食事処と、高台にあるコテージからなる人気の施設です。

 朝5時30分、まだ真っ暗な作小屋村の厨房にぽつんと明かりが灯っています。中からはトントントンと、喜代子さんの小気味よい包丁の音が。宿泊客の朝食までのわずか1時間で、9品の料理を手際よくテキパキと仕上げていきます。

 作小屋村がオープンした6年前から腕を振るう喜代子さん。今年で67歳になりますが、西米良ではまだまだ働き盛りの年齢です。
 「作小屋での勤務は4日に1日だけど、それ以外の日には畑仕事をしたり、山へ入ったり、シイタケの駒打ちをしたりと大忙し。1年があっという間よー」とおどける喜代子さん。たまの休みには村外へ出かけておいしものを食べるのが楽しみなのだそうです。
 「訪れる人においしいと言ってもらえるのが最高の喜び」という喜代子さん。こらからもお客さんのために作小屋の厨房を支え続けます。

小川地区に生まれ育ち、結婚してから35年間、宮崎市で暮らす。ご両親の介護がきっかけで小川へ帰郷。現在は「おがわ作小屋村」の食事処で自慢の腕を振るう。

「みんなに喜んでもらいたい」その気持ちが元気の源

菊池 幸子さん

 西米良のおばあちゃんたちは実に元気。60代、70代はまだまだ若手。80歳、90歳になってもバリバリ活躍している人がたくさんいます。幸子さんもそんな一人。というより、もっとも元気なおばあちゃんと言っていいのかもしれません。
 西米良村役場がある村所地区に軒を連ねる華膳。昼はお弁当屋さん、夜は居酒屋として営業するこのお店を、幸子さんは一人で切り盛りしています。

 朝、電話で注文を受けたお弁当の配達を済ませ、店の仕事を終わらせたら、昼からは女性部や生産グループで活動。夕方にはお店に戻って、山で働く人たちが夕食にするお弁当作り。その後は、華膳の夜の部である居酒屋のオープンです。これが80歳の女性の日常だというのだから驚きです。
 「20代の若者から90歳を超える大先輩まで、幅広い年齢の人々と仕事をさせてもらって、みんなから元気をもらっているんです。村の人たちはみんな兄弟のような関係で、そんなみんなに喜んでもらえる仕事をすることが楽しいんですよ」と幸子さん。〝喜んでもらいたい〟という気持ちが幸子さんの元気の源です。

平成9年に43年間務めたJAを退職後、西米良の中心地にあるお店「華膳」を経営。JA女性部の役員のほか、さまざまなグループでも活動する元気いっぱいの80歳。