メディア

思い、思われ。その先は…

松葉 大樹さん(37歳/村所地区)

西米良村内の8つの地区で最も人口が少なく過疎化が進む板谷地区。この地区の今後の鍵を握っていると言っても過言ではないのが板谷のことをこよなく愛する移住者、松葉大樹さんである。

運命の出会い

板谷地区は村の中心市街地・村所地区から車でわずか10分ほどの位置にありながら、人口はわずか45人。子どもは少なく、住民のほとんどが60歳以上で、「限界集落に一番近い」と住民が口にするほど過疎が進んでいる。そんな板谷地区と松葉さんとの関わりが始まったのは9年前のこと。

「役場に採用されて5年目に地籍調査の担当になったのですが、それがちょうど板谷地区の重点調査が始まるタイミングだったんです。今思うと運命だったんですかね」

地籍調査に同行し、自らを“松葉さんの弟子”と呼ぶ那須秋義さん(71歳/板谷地区)は当時のことをこう振り返る。

「地籍調査では、まず、地区内を一軒一軒まわって情報収集するのですが、土地の所有者が村外に出ていたり、代替わりしたりしていて一筋縄ではいかないんです。それでも最後まであきらめずやり遂げられるでしょ。情報収集のあとは、山に入って境界と思しき場所に杭を打っていくのですが、ヤマビルに食われたり、蜂に刺されたりと、それは大変な作業をやっていただきました。松葉さんは何事も本当に熱心にされるんです。しかもお酒も大好き(笑)。だから地区のみんなともすぐに仲良くなりました」

調査を通じて秋義さんを始めとする板谷の人々とがっつり触れ合った松葉さんは、いつしか大の板谷好きに。この地区のために何かできることはないかと考えるようになっていく。

▲松葉さんは地籍調査事業に9年従事。板谷地区などを担当し、40年続いた地籍調査を完了させた

▲「子どもたちに習い事の選択肢を増やしてあげたい」との想いから有志と共に立ち上げた『にしめら陸上クラブ』。週2回、放課後に指導を行っている

嫌なことだらけ

熊本に生まれ、親の仕事の関係で各地を転々としてきた松葉さんは、13年前、西米良村役場での採用が決まりこの村にやってきた。現在は奥さんと3人の子どもの家族5人で暮らしている。

「移住当初は、消防団だったり青年団だったりの地区活動が本当に嫌でした。それと焼酎のみも…。自分の時間が無くなってしまうし、何より田舎の付き合いが苦手だったんです。今思うと、当時の私は西米良で暮らすのに向いていないですよね(笑)」

西米良のことをほとんど知らなかったが故に苦い移住スタートを切った松葉さんだったが、村での日々を重ねるにつれ心境が大きく変化していったという。

「嫌々ながらもいろんな活動に参加するうちに楽しくなってきたんです。焼酎のみも大の得意になりました(笑)村に来た頃は自分のことに時間を使いたいと思っていたし、実際に使っていたのですが、地域に入って活動する役場の先輩やいろいろな人の背中を見て価値観が変わったんでしょうね。今では村のためにできることをやりたいし、いろんな人から頼られる存在であり続けたいと思っています」

ぐいぐいアプローチ

「これだけ板谷のことを思ってくれる人はいませんよ」

そう話すのは、以前、板谷公民館長を務めていた濵砂勤さん(71歳/板谷地区)。

「板谷には役場の人間が一人しかいないこともあってなかなか村の情報が入ってこないのですが、松葉さんがタイムリーな情報を流してくれるので助かっています。敬老会に子どもを連れて参加してくれたり、地区の総会にも顔を出してくれたりして、ここまでしてくれる役場職員はなかなかいません。板谷にとって松葉さんは本当に貴重な存在なんです」

「宴会の企画と段取りもしてくれるんですよ」

と、勤さんも松葉さんの板谷ラブエピソードを披露。

「地区内の家を持ち回りで開催されるんですけど、会場の手配から食べもの、飲みものの準備まで全部やってくれる。こっちは炭を起こして待っているだけ。で、とことん飲んで、飲みつぶれて泊まっていく。朝起きたら“ここはどこ”といった感じ(笑) そこまでどっぷり入ってきてくれるので私たちもうれしいんですよ。板谷の人間ではないにも関わらず」

ここに来て驚きの発言。そう、松葉さんの住まいは村所地区。板谷に住んでいるわけではないのだ。

▲松葉さんセッティングによる宴会『板谷定例会』の一コマ

いつかは…

住んでもいない地区のために松葉さんがここまでするのは純粋に板谷の人たちが大好きだから。板谷のことを思うからこそなのである。その想いの程度がわかるその他のエピソードをリストにしてみた。

☆松葉さんの板谷大好きエピソード☆
・板谷地区にある山之神神社の氏子になった
・メラリンピック(地区対抗運動会)に板谷地区代表として参加
・狩猟免許を取得したら板谷地区の猟友会に入る予定
・板谷地区担当を外れた今も頻繁に足を運び続けている
・西米良村の今後について尋ねてみたら板谷地区限定の話が出てきた

しかし、なぜ、松葉さんは地元でもない板谷にここまでゾッコンなのだろうか。

「必要とされている。それがうれしいんです。移住して程なかった僕のことを温かく受け入れてくれたみなさんの力にもなりたいですしね。
ずっとふるさとと呼べる場所がある人をうらやましく思ってきたんですけど、そのうらやましかったふるさとが見つかった気がします。今はまだ関係人口としての関わりですけど、将来はね。板谷にいつも子どもの笑い声が響くようになればいいですね」

板谷地区のみなさんと松葉さんの思い思われの関係はこれからどう発展していくのか。その行く末を温かく見守りたい。

取材・文・撮影:田中聡(宮崎南印刷)