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10年前は想像もできなかった今。小川での暮らし。

富井 俊さん(福岡県太宰府市出身)

大学生から移住者に

 西米良村小川地区で物腰柔らかな笑顔で挨拶をしてくれたのは、この地区に約10年前に移住した富井俊さんだ。富井さんは大学生の時に所属していた学生団体の活動で西米良村に来たことがきっかけで、この小川地区に移住した。話を聞くと、この10年で小川地区に移住される方が段々と増えているそうだ。富井さんはそんな小川集落の印象について「とても風通しのよい集落だと感じます。遠からず近からずの関係性で」と話す。

約80人の小さい集落、小川地区

おがわ作小屋村の暖簾。お店では西米良の季節の味が楽しめる。

 小川地区は西米良村の中心部から車で約30分程の位置にあり、約50世帯、80名ほどが暮らしている。地区の中央には小川川という川が流れ、自然がとても豊かな集落だ。元々、小川地区は肥後の国の豪族である菊池氏が城を築いて栄えた場所で、今でもその城跡などが残る。平成21年には平成の桃源郷と題して、「おがわ作小屋村」という飲食店や加工所が併設された施設を建設した。以後、この「おがわ作小屋村」を中心に地域づくりが盛んに行われている。

集落を流れる小川川。透き通って美しい。

おがわ作小屋村のお食事処。作小屋とは、山作業を山中に入って寝泊まりしながら行う小屋のこと。

10年前とは想像もできない今

 富井さんもこのおがわ作小屋村が完成し、程なくして移住をした。住むことを決めたきっかけは、「どこかの地域に入って仕事をしようと決めていた」事と「村の人や行政の人に声をかけてもらった」事がちょうどマッチした結果だそう。「特に凄んで西米良に移住を決めたというより、たまたまの縁とタイミングで決めたという感じでした」と微笑む富井さん。

   移住した当時は富井さんのような移住者は珍しく、同じ移住者も地元の同世代の方も多くなく活動の幅も限定的だったそうだが、富井さんが移住をされたぐらいのタイミングから、だんだんとIターンの移住者が小川集落に増え始めた。

 富井さんと同世代で、地元出身の上米良省吾さんは「10年前には想像もできないくらい若い人が増えました」と笑顔で話す。どうしてそんなに移住者が増えたのか。

同世代の富井さんと上米良さん。

小川地区のターニングポイント

 よくよく話を聞くと、小川地区では世代交代が円滑に進んでいた。富井さんも移住者ながら西米良村では50代くらいの方がされる集落での役割を任されたり、地域の伝統文化の小川神楽や消防団などさまざまな役割を任されていた。“出る杭は打たれる”ようなことは無いのかと聞くと「そんなことは無くて、地域での活動を上の世代が否定することなく後押ししてくれますよ」と答えてくれた。その風通しの良さの理由は、おがわ作小屋村が建設された当時の話を聞くと分かってきた。

 おがわ作小屋村を建設するときに、集落は役場から地域を盛り上げるためプロジェクトをやらないかと話を持ちかけられた。そこで小川集落では、よく散見される「役場が全部してくれる」というスタンスでは無く、集落内で議論やアンケートを重ね、最後は当時の自治会長さんが「このまま座して死を待つのか」と住民の皆さんに発破を掛けプロジェクトをスタートさせた。集落をどうにかしたい、どうにかせんといかんという危機感から自分たちの意思で行動した結果、集落の雰囲気も盛り上がり、様々なことにチャレンジしたり、若手の活動を後押しする機運が高まったのだという。

「地域の活動が活発になってきて、それを見て移住された方も多いのではないでしょうか。地区の若手の集まるところと言えば消防団ですが、小川地区の消防団は今では村で一番若い(平均年齢の低い)消防団となっていますね」と、上米良さんと感慨深い面持ちで顔を見合わせて話す富井さん。

風通しがよく、居心地の良さそうな集落の雰囲気が伝わってきた。移住者が増えるのも納得だ。

消防団の器具庫。ある意味若い世代の集会所だ。

西米良村の名産品のゆず。集落の至るところで栽培されている

大事なことを見つめ、仕事を構築

 ただ、同世代が多く集落の風通しが良いとはいえ、移住で肝心なところは日々の仕事である。富井さんの仕事を聞いてみると、とても時代や土地柄に合った働き方をされていた。

「仕事は大学時代に学んだ土木の知識で地元建設業者で働いたり、西米良村の名産物である『ゆず』の作つけ状況を示した園地マップを作成するなどしています。今では近隣の市町村から別作物の園地マップの制作依頼も受けるようになりました。他にも、『ゆず』の若手生産者や地元企業と連携して、『ゆず』の加工商品の開発・販売を行うなどしています」

そのほかにも大小様々な仕事があるようだったが、続けて富井さんはこう話す。

 「西米良村は人口規模は決して大きくはないが、人が少ない分仕事はたくさんある。ただ待っていてもやりたい仕事が降ってくるわけではないので、大事にしたいことや、必要な時間は自分で守るという視点を持つことは大事」と話された。一つの仕事だけでなく、さまざまな仕事を掛け持つのも可能な時代であり、田舎では大事な働き方の一つかもしれない。

温もりある暮らし

小川集落を歩くと素敵な標識がたくさんある。

 小川地区にこの10年で移住者が増えた理由の一つに村営住宅の整備が挙げられるほど村営住宅も充実している。おがわ作小屋村の建設のすぐあとに村営住宅も整備され、多くの移住者の方がそこで住まいを持たれている。富井さんも空き家を借りて住宅事情には満足する生活をされているそうだ。

中武商店のお母さんと富井さん。

 取材の途中、集落の中を歩いていると小川地区にある小さい商店に辿りついた。そこは中武タツ商店という地区唯一の商店で、商店の中では集落のお母さんたちが自宅で採れた野菜やいただきものを持ち寄り談笑していた。私達も挨拶をされ、富井さんはお母さんから「カレー作ったからあとで食べにきない」と声をかけられており村での暮らしの豊かさを感じた。

集落を眺める富井さん。

気を張らず、ふらっと

 これから移住を希望される方には、「あまり気を張らずに来てみてもらえたらいいのではないか」と話す。中には高すぎる理想を掲げ、理想と現実に乖離があり、マッチせず離れてしまう方もいるそうだ。これまで移住者された方は「みんな、ふらっと来ていつの間にか移住を決めて住み始めてるんですよね」と話す。もし、こっちにきて誰かになにか言われたら、「富井に言われてやりました、と盾にしていい、頼ってもらったら(笑)」と言われた。

 きっとこれからもふらっと小川地区に来る方はいるだろう。その時は、富井さんや上米良さんを頼って集落の人とも深く交流してほしいと思う。そして10年後もまた、良い意味で想像もできなかった小川地区になっていることを期待したい。

取材・文・撮影:佐藤翔平(310.works)