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豊かな自然の懐で子育てを楽しむ母として、会社と村の繁栄に貢献する企業人として。

河野 満紀さん(宮崎市出身)

人口約1000人の山村・西米良で、土木・建築工事、災害復旧からドローン操縦士育成まで、地域の暮らしを支える土木建設会社「河野建設株式会社」。こちらで総務や経理を担当するのが、今回の主人公・河野満紀(かわの・まき)さん。現代表の孝文さんとの結婚を機に移住し、3児の母として、また地域に貢献する企業人として十数年。今や村出身者と間違われるほど地域に馴染み暮らす様子を取材した。

河野建設の広い敷地は次男・恵典くん(写真右)の絶好の遊び場。写真左が河野満紀さん、写真中は長女・文美叶さん。長男・孝紀さんは宮崎市内の高校に在学中。

結婚を機に二段階移住で西米良へ

「昔から何でも日本人の“平均”を生きてきました。だから、結婚前はまさか自分が西米良に移住するなんて、思いもしなかったですね(笑)」

夫・孝文さんと出会い27歳で結婚、西米良へ嫁ぐことになった満紀さん。平均的に暮らし、成長し、地元で就職、平均的な年齢での結婚をした“平均的”な路線が一転、孝文さんとの出会いで“平均的”とは言い難い(?)暮らしに飛び込んだ。

河野建設の社屋

それまでは大手企業で、事務から秘書まで経験。会社の在り方や顧客との接し方など、難しさや厳しさもまるごと楽しみながら仕事に取り組んだ。

「とにかく仕事がおもしろくて。定年まで働きたいくらいでした」

孝文さんとの結婚を決心してからは、西米良村に嫁ぎ新しい家庭を築くのだと自分に言い聞かせながらも、実際に足を運ぶとその環境の違いに戸惑った。

そんな満紀さんの心の内を察したのか、こう提案してくれたのが、7年前に他界した義母の孝子さん。 「先は長いんだから、いきなり米良に移住しなくてもいいんじゃない? 最初はもう少し実家に近いところで暮らしたら?」 温かい配慮に感謝しながら、まずは宮崎市内の実家へ行き来しやすい、ちょうど中間地点の西都市で新生活をスタート。一人目のお子さんが産まれた頃に退職し、子育てに専念することになった。 そして3年後、いよいよ村での暮らしが始まった。 「最初は米良街道(※1)の運転が心配だったり不安もありましたね。そしてケーキ屋さんやパン屋さんが遠くなったから、村を出る度にケーキを買って帰っていたので、おかげで太りました(笑)」 とは言え、振り返ると満紀さんの場合は、この2段階移住が成功の肝だったのかもしれません。

5年間の完全専業主婦生活 気持ちは「早く働きたい」

夫と従業員が働く河野建設そばの住居で、完全専業主婦生活を送っていた満紀さん。子育てに専念しながらも、ついつい企業人としての感覚がよみがえる。

「事務所にいくと、ものの配置や掲示の仕方など、こうしたらいいのになぁと思うことがたくさんあって。どちらかというと社長の奥様業にはあまり興味がなくて、河野建設の一員として早く働きたいと思っていましたね(笑)」

河野建設を支えながら 村の繁栄にも思いを寄せて

現在、雇用する従業員は35人。うち21人が村民で、他は熊本県あさぎり町や宮崎市佐土原町等から通勤している。50歳以上の従業員も多いが、最近は若い世代も積極的に雇用しているため平均年齢は40歳前後。昨年(2021年)4月には大学新卒の女性が入社し、就職を機に西都市から西米良村に移住した。

彼女を含め、現在3名の従業員(20代)が若者定住に備えた村営住宅で暮らしているが、満紀さんはそんな彼らにいずれ村内でマイホームを持ってほしいと考えている。

「村に長くいてほしい。だから『家が建てられたらいいね』『消防団にも入ろうね』と、ときどきそんな声かけをしています。村のことを思って、私にできることはそれくらいですけれど」

一方、河野建設の受注に関しても、村への思いが込められている。

「河野建設は、村内だけでなく広く県内の多様な仕事ができる技術と資格があるのですが、できるだけ近場の仕事を受注するようにしています。だってガソリン一つとっても、地元で消費すれば地元を潤すことにつながりますからね」

地元で経済を循環させることで、持続可能な村づくりに貢献したい。会社を盛り上げながら、村の繁栄に少しでも貢献したい。そんな思いをもつ満紀さんは、会社を経営する夫を陰で支えつつ、村の未来も考えている頼もしい存在。
「満紀さんは西米良村出身ですか?」
そんな声かけも、今の満紀さんにはうれしい瞬間なのだとか。

母娘で楽しんだ 「ゆずっこガールズ」の思い出

取材にうかがった2022年3月2日は、村所にある菊池記念館の梅が見頃。梅の香りに包まれながら、少し昔話を聞かせてもらった。

現在、西米良中学校の3年生となった娘・文美叶(ふみか)さんは小学3年生の頃、同級生3人と「ゆずっこガールズ」というご当地ユニットで活動をスタート。当時村に在住していたダンスの先生とママ友たちと、子どもたちとで自然に活動が始まったのだそう。

地元の高齢者施設での納涼祭や隣町の花火大会等で、ダンスを披露したり、村の特産であるユズの宣伝をしたり。そんなゆずっこガールズの活動に刺激を受けた家族をはじめ周りの大人たちも、いろんなサポートをしてくれるまでに広がりを見せた。テレビの取材も受けた。

「補助金を申請して活動費にすることもできたのですが、敢えて自分たちで収益を得て運営することを選択しました。自由にやりたかったし、村を盛り上げながら子どもたちのいい経験・いい思い出になればいいと思っていただけなので」

文美叶さんはもうユニットを卒業しているが、ゆずっこガールズは次の世代に受け継がれ、現在7人で活動中。満紀さんと文美叶さんは、「コロナで活動が制限されたり大変な時だからこそ、西米良を応援するゆずっこであってほしい」という思いで見守っています。

▲初代メンバー活動中の写真。中央が文美叶さん

▲柚子の木からひょっこり顔を出すポーズがなんとも可愛い、「ゆずっこガールズ」現メンバー

村の自然が育てる 心豊かな子どもたちとともに

そんな経験からか、文美叶さんは人前で話すことが割と得意な様子。
以前あるテレビ番組で、県内の市町村がご当地紹介をするコーナーがあり、西米良村だけ中学生の文美叶さんが出演。アナウンサーと1対1の会話のやりとりも上手にこなし、文美叶さんはアナウンサーという職業に興味をもった時期もあるそうだ。

人前で村のことを話せるのも、「西米良が好き」だからこそ。そんな文美叶さんや村の子どもたちのことを、満紀さんは心から感心している。

「私が子どもの頃、住んでいるまちの良いところなんてそんなに話せなかったですよ。でもこの村の子たちに『村のどこが好き?』と聞くと、みんな答えられます。この村の豊かな自然が、子どもたちを育ててくれているんだなぁとつくづく感じますね」

西米良村の未来を思って会社を支え、村の豊かな自然とともに子育てを楽しむ満紀さん。移住に悩んでいた日々はどこへやら、今や間違いなくこの村の繁栄に欠かせない人物の一人だ。

村を後にする取材班の車のバックミラーには、いつまでも手を振って見送ってくれる満紀さんが映っていた。

取材・文:矢野由里(dig edit & design) 撮影:中山雄太(KOYU DESIGN STUDIO)